トチローの地震と電磁波教室タイトル

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 写真提供:福岡市

SINCE 2009/10/4 counter

長浜ラーメン症候群または長浜屋症候群

photo of Ganso-Nagahamaya

地震の前兆及び宏観現象研究の当webサイトに検索エンジン経由でこのコーナーにダイレクトで来られた方は間違いなく長浜ラーメン症候群の患者である。当webmasterと同病であり、心よりその健康を願うものである。

さて、なぜこの時期(2009年9月末~10月)、桜島が噴火し、仙台沖ではまたぞろM5クラスが頻発し、インドネシアでM6以上の地震が多発している今、このようなコーナーを設けるか疑問に思われる方も多いと思う。(インドネシア周辺での地震で亡くなられた方には心よりの哀悼の意を表します) 左記の写真の店は近い将来取り壊され道路になる運命であることが公表された。3x年以上この店に通っている私にとっては大変悲しいできごとである。いや、私だけでなく、年齢=長浜屋に通っている年数である私の子供達の思いも同じである。顧みればこの店を知ったのは遠い昔、中学生の頃だった。その頃は店の床は踏み固められた土であり、かなりでこぼこしていた。そして当時大流行した「スペースインベーダー」が2機、窓際に置かれていた。(その後インベーダーが取り除かれ、普通の小型テーブルに変わった時、それらのテーブルが「ベーテー(ベーダー手前)」、ベーオー(ベーダー奥)」と呼称されていたのはその時の名残である。)なお、営業時間が短縮され、暫定営業が再開された時点(2009年9月末)で、それらのテーブルは撤去されている。・・・高校生の時分には毎週のように通い(特に文化祭前の時期)、その後とうとう子供連れで通うようになってしまった。しかし、3x年間という年数はまだ少ないとある方(さらに重症の方)より教えられた。そのお方は既に50年間通っているそうである。(当然、屋台時代より)

高校・大学の私の後輩達で福岡在住でない後輩は福岡空港・博多駅に着くや、実家に戻る前に長浜屋にタクシーで乗り付けるという。まさに長浜ラーメン症候群の末期的で顕著な症状である。これは誠にやっかいな症状で、長浜屋に最後に行ってラーメンを食した後、早い者で1週間、発症するまでが長い者でも1ヶ月で禁断症状が現れる。仕事が手に付かなくなり、気がつくと長浜屋の近況を伝えるブログをはしごするという。そして小腹がすくと、長浜ラーメンのことで頭が一杯になり、いつのまにか福岡空港行きの飛行機便のことや博多行きの新幹線の時刻のwebページを見ている自分に気がつくという。

私もしばらく行く機会がなく、やっと時間を見つけて行ったところ、何と排水関係の工事で閉店中という看板を見て卒倒しそうになり、そしてネットで様々な情報を入手し、そして自分に長浜ラーメン症候群の末期的症状が現れていることに気がつき、急遽このwebページを作ったという次第である。

photo of Ganso-Nagahamaya

左記の写真を含め、連日(おそらく平日も)私と同じ理由で長い行列を作っている方がおられるという。また、某2巨大掲示板を始め、会員制のM掲示板にも入手先が正確な情報から、とんでも情報まで 様々な情報が乱れ飛んでいる。そしておそらくこのwebページに次に手を入れるとき、全てが明らかになっていることと思う。

たかがラーメンと思うなかれ。この店なくして私の半生はなかった。

通い慣れた方と、一見の方(ラーメン屋でこの言い回しはいかがなものか)は、店に入った瞬間に区別がつく。某巨大掲示板で見たが、店に入った瞬間の微妙なタイミングでお客さんは例1(無言)、例2(正確なオーダー=**ヤワ~**カタ~ナマ~ベタ**~ナシ**~ネギ抜きなど)、廃人(末期症状=堅さオーダーのラーメン+焼酎+つまみの代用となる替肉等)、に分類することができる。

私のまだまだ短い3x年間で実際に見た唯一の実例を記述してこのページを締めくくるとする。それは私の知る限りネット(某巨大掲示板、会員制M掲示板、そして無数のブログ)でその存在を確認することができなかったことである。

それは長浜屋にお持ち帰り(テイクアウトというやつですな)のお客が存在していたということである。

しごく普通の土曜日の午後、私は家内と長浜屋に出かけ、そのあり得ないお客に出会ったのである。長浜周辺には公務員住宅があり、おそらくはそこにお住まいのごく普通の家族(赤ちゃんを背負い、上の子の手を引いたお母さん)のようだった。お母さんはやや大きな鍋を持ち、手を引いている子供が小降りの鍋を手にしていた。そしてお母さんは「こんにちは。????(よく聞こえなかった)お願いします」、店員(ほぼ無言で応対)はお母さんの鍋にスープを、子供の鍋に麺(ナマ??)入れ、その間にお母さんは手を引いている子供に「さあ、お昼ご飯よ」、そしてごく自然に支払いを済ませ、そのまま店外へ。私と家内はあっけにとられ、目の前で起きたやりとりがしばらく信じられなかった。

これをお読みの各位にお願いしたいのだが、長浜屋で「お持ち帰り」を見たのは3x年間で後にも先にもこの1度だけである。くれぐれも、その自然な応対の裏に何があったのかを考えずに「お持ち帰り」を依頼しないようにしていただきたい。

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